ドン・イナーシオの祝祭日――天辺のヒーリング

ドン・イナーシオの祝祭日――天辺のヒーリング



今回は、アンジェラさんがこれまでにカーサで見てきた数々のヒーリングの中で、とりわけ印象に残ったものをご紹介したい思います。

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これは3年前――2012年7月31日、ドン・イナーシオ・デ・ロヨラの祝祭日にあった話です。

「ドン・イナーシオ・デ・ロヨラ」というのは皆様ご存じの通り、カーサにおいて現在35体以上いるといわれるエンティティーを統括し、カーサで行われるすべての施術を監視する立場にあるエンティティーです。キリスト教の伝統から『聖イグナチオ・デ・ロヨラ』と呼ぶ人も多いかと存じます。ただ、スピリティズムの考え方からすると「聖人」というものは存在しません。宇宙的観点からすれば、どのような存在も平等だからです。ドン・イナーシオ・デ・ロヨラ本人も自分のことは「ドン・イナーシオと呼ぶだけで十分だ」と言っています。「ドン・イナーシオ」という言葉のニュアンスは親しみを込めた「イナーシオさん/イナーシオのだんな」くらいの感じでしょうか。そうした理由で7月31日はキリスト教の慣習では「聖名祝日(Name day)」と呼ばれるのですがカーサでは、単に「ドン・イナーシオの祝祭日(Festa de dom inácio de loyola) 」と言います。

ドン・イナーシオがミディアムであるジョン・オブ・ゴッドの中に入ると、歩くときは脚を引きずるようになります。そしてぐらつかないように周りに手を借ります。また、彼のエネルギーはとても強力なので、その高い波動でジョアンさん(ジョン・オブ・ゴッド)の肉体に過度の負担をかけないように、中にいるのは20分間だけと制限を決めています。

前置きが長くなりましたが、この日もやはり短い時間でしたが、ドン・イナーシオはジョアンさんの肉体に入りました。ジョアンさんの体に入るとジョアンさんの体は普段よりずっと大きく、頑強そうに見えます。窮屈な服にむりやり体を押し込んでいる――たとえれば「ベイマックス」がパワードスーツに入っているようなイメージ、といったら不謹慎でしょうか。

そのとき、近くに一人の婦人が立っていました。すると突然、ドン・イナーシオは隣にいたスタッフの手を借りてその婦人に近づいて行きました。皆の視線が注がれました。ドン・イナーシオは「この方は一週間前に息子さんを亡くされました」と話し始めました。確かにこの婦人は一週間前に交通事故でまだ二十代の息子さんを亡くしていました。しかし、そんなことは周りの人は誰も知らないことですし、その婦人もそのことをその場にいる誰にも伝えていませんでした。

ドン・イナーシオはさらに婦人の息子さんが亡くなるまでのいきさつを話しはじめました。それは息子さんの生い立ちから人柄までをすべて理解した上で語られた、思いやりに溢れたものでした。婦人は泣き出しました。するとドン・イナーシオは近くのテーブルの上にローソクが束で置いてあるのを指し示し、それをテーブルごとここまで持ってきて、ローソクに火を付けるようにカーサのスタッフに言いました。祝祭用の太いローソクが7本ありました。スタッフはマッチを持ってきてローソクに火を付けようとするのですが、芯がしめっていたのか、なぜか火は点きませんでした。

するとドン・イナーシオは誰かライターを持っていないか、と周りの人たちに言いました。その中の一人が自分が持っていると申し出ると、その人に「そのライターに火をつけてください」と言いました。
火が付けられると、ドン・イナーシオは揃えた四本の指先を近づけ、ライターの炎を自分の手に移しました。ライターの炎は小さかったのですが、指先に移った途端に、幅は四本の指あわせたくらいで、高さは20センチほどにもなりました。にわかに信じがたいことですが、その場にいた全員が目撃しています。そしてそれをローソクの束に近づけるとローソクはすぐに火が点きました。

しかし、またローソクの火の付き方も尋常ではありません。ローソクの束に火を付けるというと、通常、芯一本に付き1個の炎が灯ること思い浮かべると思いますが、ドン・イナーシオは大の男が両手で囲うほどローソクの束の上に、その直径よりも大きな炎を出現させたのでした。

もちろん、腕の良い奇術師がいたならば、これと似たようなことをやってみせることはできるかも知れません。しかし、この話はこれで終わりではないのです。

ゆらめく大きな炎に魅せられるように、婦人は目の前にある炎を見つめていました。ふと、婦人の動きが止まり、はっと息を飲むのが判りました。それから――「息子がいる」と声を引き絞りました。

炎の中に婦人の息子さんが現れたのでした。

一瞬、ざわめきが広がりました。

炎はオレンジ色の龍のようにまっすぐに立ちあがりました。

婦人は亡くなった息子さんと話をはじめました
そのことに気づいた人たちは一斉に口に指を立て、周りに示してみせました。陽気でおしゃべり好きなブラジル人のあいだを静寂が支配しました。何が起こったのかを理解した人々はコソリとも音を立てません。皆が固唾を飲んで見守りました。

婦人は泣き出しそうになるのを必死にこらえて、息子さんに語りかけました。息子さんが返事を返し、夫人はなんどもなんどもうなずきました。婦人は祈るように手を組み、よじりました。婦人の目からまた涙があふれ出しました。

二人ともこの奇跡の時間がそう長くは続かないことを知っていました。炎が小さくなりました。婦人は炎を捉まえようとでもするかのように手を伸ばしましたが、間に合いませんでした。

数本の細い煙を風が吹き飛ばしました。それと同時にドン・イナーシオもジョアンさんの体を離れました。

突然、交通事故で逝ってしまった息子さんです。
いきなり光を奪われた婦人は、息子さんの痛みや苦しみを思い、また、決して目にすることはない息子さんの将来を思ったことでしょう。そして叶わぬ事とは知りながら、もう一度、会いたいと思ったことでしょう。婦人は息子さんにどんな言葉を掛けたのでしょうか。何を聞きたかったのでしょうか。

そして息子さんは――何の心の準備もなく、この次元を離れなければならなかった息子さんはどんな言葉を母親に掛けてあげたのでしょう。気がかりもあったと思います。伝えたかった感謝の言葉もあったことと思います。

二人の間でどんな会話が交わされたのか、それはいまでは知るよしもありません。

そして、肉体が治ることだけが癒やしである訳ではありません。ドン・イナーシオは「最愛の息子を突然奪われた痛み、後悔と心残り、そして絶望」という内向きの刃(やいば)がゆっくりと婦人の心を刺し貫いてしまう前に、婦人の心を癒やし、魂を救ったのだと思います。

今年のドン・イナーシオの祝祭日は7月31日(金)です。そしてカーサのセッションのある3日間に併せて地域の人々にも開放し、フェスティバルが行われます。今年もきっとすばらしいお祝いとなることでしょう。当方も日本の国旗(国連基準の大きなもの)を送ってくれるように頼まれた(フェスティバル会場の壁に貼るそうです)ので、送っておきました。


今回はドン・イナーシオの言葉で終わりたいと思います。


信じる者にとって、言葉は必要ない。
信じない者にとって、どんな言葉も役立たない。
                                 Dom Inácio de Loyola





(了)

第二期カーサツアー募集中 5月17日締め切りです。