エンティティーの愛の形――「思えば思わるる」ということ(3)

エンティティーの愛の形――「思えば思わるる」ということ(3)

回復室にて

そして運ばれて回復室に行くまでのことですが、体が麻痺して動かなかったのですが、意識だけはなぜかはっきりしていました。

回復室に入ってからは「目を開けていなさい」と怒られました。目を閉じると先ほどの滝のようなエネルギーがまた復活して入ってくるのが判りました。おそらくそれが続いていると果てしなく復活できないのかもしれません。目を閉じると泣きたくなってしまうのですが、目を閉じると怒られるので目を開けていました。ワーワー泣いていてはいつまでも回復できないので、現実に戻して貰ったという感じはしています。

 

ガイドのまなざし

その間、ジョアンさんに入っていたエンティティーは実咲さんのためのハーブの処方箋をすでに書いていたようで、それは回復室のスタッフに渡されました。回復室のドアが開くとスタッフが私に処方箋を渡してきました。これをもってすぐに薬局に行ってハーブを買ってきて欲しいと言われました。

そこで私は初めてメインホールで実咲さんに行われたのは「霊的手術-オペレーション/インターベンション」であることを理解しました。
エンティティーは確かに時と場所を選ばず、ヒーリングが必要な人にはヒーリングを行います。ただ、それが明確に手術である場合はまれなので驚きました。そしてラインに列べば、手術が必要であれば手術を行うにも関わらず、メインホールで待っている他の人たちよりも早く実咲さんに手術を行ったことの意味を私はすぐに理解しました。このことについては後に言及したいと思います。

なぜ目を開けていなければならないのか
下の絵の通り、回復室というのはカレントルームの隣にあります(白いベッドが列んでいる場所です)。「カレントルーム」というのは一般には座って瞑想する場所とされますが、その本質はその名前の通り「エネルギーの潮流」のことです。カーサでのセッション中、この部屋にはアンカーミディアム(Anchor Medium)とエンティティーによって強烈なエネルギーの流れが作られています。そしてここに座る人々も目をつぶることを要求されます。ここに座る一般の人についても、人は皆ミディアムですので全員でエネルギーを流している・それを強化している、ということです。もちろん、回復室もカレントの影響下にあり、ここにも大量のエネルギーが流れてきます。

「目をつぶること」は我々をこの次元につなぎ止めておく感覚の一つである視覚を抑えることです。つなぎ止めるという言い方は正確ではないかも知れません。もともとは一つであったものに対して「分離の感覚」を生み出すのが五官であるからです。仏教では「五蘊(ごうん)」と呼ばれます。目を閉じるということは「ありのまま世界・物理的な肉体以外の体のある世界」に戻るということです。エンティティーによる治療も物理的な体以外の体に行われます。

ただ、実咲さんのようにこの次元と別次元の境界が不明瞭のまま生きてこられた方は、別次元へ深く入り込んでしまうと戻って来られなくなる場合があるので、五官の機能をできる限りそのままにしておかねばならない、ということです。カーサのスタッフもそういう人がよく訪れるので理解していてそのように対処しています。もっとも「この次元を離れた意識が認識するもの」はこの世界よりももっと素晴らしいものかもしれませんが、それはまた別の話です。

 

頭をチョキチョキ

回復室ではスタッフから目を開けていなさい、それから、お花畑の映像とか自分が芝生に寝転んでいるとか、心地よいことを思い出しなさい、気分が楽しくなるようにしなさい、リラックスし

て、と言われました。全然イメージできない、と思って半べそ状態でした。それから車椅子から移動してベッドに寝かされました。

白いシーツ(ベッドの上掛け)を掛けられた後、頭の中をチョキチョキされる感覚がありました。チョキチョキは頭を2周ぐらいしました。お腹の中も切られてチョキチョキされている感覚がありました。右手には点滴の針が刺さっているような感覚、足先まで麻酔が掛かっていてうごかせないという感覚、現代医療で麻酔をされたことはないのですが、とにかく心地よくて身体が動かない――動かそうと思っても動かないので麻酔なのかなと思いました。歯医者さんの麻酔は知っていますのであんなモアンとする感じです。


(4)へつづく