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狼のララバイ――ある憑依(ひょうい)の物語 その三

語られたこと語られなかったこと

ヨハンくんはうつろな顔でベッドから降りてくると「いま自分は何をしていましたか」と聞きました。

私自身が呆然としていて、状況が分からずにいましたが、椅子を奨めて、話を聞くことにしました。

「もしかして森さんになにかしましたか」と聞くので「いやべつに、なにもなかったよ」と応えました。手のアザや傷が見えないようテーブルの下に手を置いておきました。でも上からのぞくと指跡とひっかき傷でミミズ腫れが出来て、血が滲んでいるのがわかりました。

「もし、なにかやったのなら、本当のことを教えてください」と言いました。

黙っていると「僕には××が付いているんです」と言いました。
「いまなんといいました?」
ヨハンくんの言った単語は耳慣れないもので、聞き返しましたがやっぱり分かりませんでした。後からそれはなにかドイツ語で精霊のようなものを指す言葉であることが分かりました。

それからヨハンくんは唐突に、自分は子供の頃レイプされたことがある、と話し始めました。
10歳の時、近所のおじさんに家で遊ばないかと誘われて付いていったとのこと。なんでこんな痛いことするのかな、とその時は思ったが、それ自体はなんとも思わなかったということ。ただ、そのことはだれにも言えなかったということ。

ヨハンくんが狼と一緒にいるようになったのはその頃でした。ヨハンくんはその狼を名前で呼んでいました。家族でもあり、親友でもあったとのこと。それ以来、その狼とずっとこれまで一緒でした。人に話したのはこれが初めて、と言いました。

それからベッドの足側の方を指さして「いまもそこにいるんですよ」と言いました。

沈黙がありました。

それから「第二次世界大戦中、ナチスが黒魔術を利用していたことは知っていますか」と聞いてきました。
ヨハンくんは父親の家系が黒魔術の奥義書のようなものを代々受け継いで来たということ、自分も父親が日本語に訳したその奥義書を引き継いだ、と言いました。

そして実際にヨハンくんは過去に黒魔術を人に頼まれて使っていました。16歳くらいので時です。1つの出来事として語ったのは、依頼者は女性、対象は不倫相手の男性で奥さんがいる人。自分が捨てられたことによる恨みで、相手の男を呪い殺して欲しいというもの。結果として相手は死にはしなかったものの交通事故に遭い、半身不随になり、女性の望みはほぼ叶いました。あろうことか、ヨハンくんは呪いの儀式のために野良猫をつかまえてきては、首を切り落としていました。

もちろん、黒魔術がどれほど強力であろうとそれを使う人間自体は、宇宙の法則、地球の設定した学びのためのシステムには従わざるを得ません。そうしたカルマは急速に結果をもたらし、ヨハンくんは別件の傷害事件で少年院に行くことになり、自分がしたこととの因果的なつながりを理解したヨハンくんは、黒魔術からは手を引くことになりました。

少年院を出た後は、もともと頭脳明晰なヨハンくんは大検に合格し、いまの大学に通い始めることになります。

ヨハンくんのこれまでの人生を振り返り、ごく単純な見方をすれば、幼少期の深刻なトラウマが低波動の意識状態を作り出し、そこに低波動の霊的な存在(狼)がやってきて、痛みから逃れたい一心で、ヨハンくんは助けてもらうこと、心を守ってもらうことに同意した、ということでしょう。ここでの霊的な存在は、耳慣れない言葉ですが「ディーヴァ(Devas)」と分類されるかと思います。日本語だと精霊が一番近い表現でしょうか。これは少し深い話ですが、その当人が過去世などに精霊として存在していたというような、それになじみ深い魂の性質がある場合に、引き寄せやすいといえます。

そうしたことは置いておくとしても、私が施術中に感じたもう一つの側面は、ヨハンくんに近づいた狼は、ヨハンくんのエネルギーを食い物にしてきたわけでも、ヨハンくんに悪さをしているわけでもない、ということです。本当に助けたいと思ってやってきて、いまもヨハンくんを守ってやりたいと本気で思っています。そして自分が離れることで、ヨハンくんがどうなってしまうのかと本当に心配している、ということです。引き離されると分かった際の狼狽は、こちらも気の毒なくらいでした。

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また、ヨハンくんはヨハンくんで一緒に成長してきた兄弟のように思っているし、深い愛情を感じている、ということです。いわば相思相愛でしょう。

ただ、やはり問題になるのはそれが低波動であり、ヨハンくんが本来持っているエネルギー波動を低くしているということです。

私が狼に感じていたのは深い愛情で、とても強いものですが、それは私がエンチダージに感じるような、無償の愛ではなく、やはりケモノの愛情、仔の危機を感じると反射的に自分が先に殺してしまうかのような、本能的な愛情ということでしょう。

そしていまヨハンくんは、霊的な成長のプロセスで大きなシフトの時期にいます。過去の傷に少しずつでも良いので向き合うこと、何があったかを明確にすることで感情的な解放――ブロックを外すことが必要だということです。つまり、慰めてくれるやさしい手触りを提供してくれるだれかと一緒にいることではなく、しっかり自分の光を見つめることであり、傷は癒やされなければならない、ということだと思います。

こういったことは一般には憑依(ひょうい)と呼ばれますが、仔細にみれば、その人が自分の心を守るために緊急避難的にやってきた側面もあるわけで、すべて自己責任と括って済まない部分が多い、と思っています。もちろん、それを含めて、起こることはすべて必然ですので、それが他からどのように見えたとしてもヨハンくんのハイアーセルフ(高次の自己)が設定した事件と状況であることには間違いがないのですが。

ヨハンくんには、今の状況について色々説明しました。自分の問題に向き合って欲しいとお願いしました。

ヨハンくんは顎のあたりに曲げた人差し指を当ててしばらく黙ってしまいました。とても困惑しているように見えました。

セッション時間はすでに2時間以上オーバーしていました。

「ちょっと自分なりに考えてみます。また、あらためて連絡します」とヨハンくんは言いました。――が、その後、連絡はありませんでした。

こうした精霊のようなものと蜜月的な関係性が出来ている場合、それを誰かに生木を裂かれるように取り去られるのではなく、その人自身が自分にとっていま必要な事を理解して手放すこと、しっかりとお別れをいうことが、やはり手順なのだろうと思います。

そういう意味で私がしようとしていたことも拙速だったのでは、といまでは思っています。

狼のララバイ (了)

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