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モルダバイト考 あるいは『時の石』 後編

進撃の『時の石』 Attack on "The Stone of time"

あらすじ

話は変わりますが、皆様は『時の石』という小説をご存じでしょうか。

昭和56年(1981年)に出版され、SFの中編3本をおさめています。表題の『時の石』はその中の一つです。作者は栗本薫さんです。

栗本薫さんと彼女の作品については深い思い入れがあり、彼女の卒業した大学と学部を選んで受験し、彼女の後輩になったのもあこがれからです。でも、このブログの主旨からは逸れますので、そのことはいつかべつの場所で書いてみたいと思っています。

簡単にあらすじを説明します。
登場人物ですが、
・主人公は谷本治郎(たにもと じろう)。高校二年生です。
・クラス一番の秀才でガリ勉の友人、飯沼(いいぬま)。
・中学時代からの親友で、趣味や話の合う楠木(くすき)。楠木は体も大きく、次郎の庇護者的な存在でもあります。
・それから有沢先生(ありさわ 女性29歳 独身 担任)です。谷本治郎はこの有沢先生に恋心を抱いています。

二学期の期末試験期間中のこと、次郎は話したいことがあるから一緒に帰ろうと飯沼に誘われます。飯沼はなにか思い詰めているようです。次郎は学校からの帰り道、多摩川の土手で飯沼の悩みを聞くことになるですが、聞いている最中、そこで奇妙な石をみつけます。
「直径七、八センチの妙なかたちをした石――色は何色にも見え、その表面もざらざらしているとも、すべっこく冷ややかだとも、やわらかそうだとも、なんとでもいえるのだった。そしてそれは――ぼくの手のなかで、まるで押しちぢめた、地球全体を、持っているかと思うほどに、痺れるくらい重く、冷(ひゃ)っこかった」

しかし、飯沼が持つと軽々と持ち上がります。そして不思議なことにそれまで、親や周りの者への不満、将来に対する不安をぶちまけていたのに、いままでの険しい
雰囲気と打って変わって、至福の音楽を聴いているような、とてもなごやかでまどろんだようになって、子供の頃の楽しかった思い出などを次郎に話します。そして飯沼はそのままその石を持って帰ってしまいます。


それから飯沼は残りの試験を欠席し、夏休みが始まってすぐ、その飯沼が睡眠薬を飲んで自殺を図った、という知らせが次郎のもとに飛び込んできます。親友の楠木とともに病院に駆けつけると、体温と脈拍だけが異常に低下し、昏睡というよりは冬眠に近い状態で、こんこんと眠り続ける飯沼の姿がありました。先に来ていた有沢先生は、問題がないと思っていた自分のクラスの子が突然こうしたことになったことにショックを受けると同時に、自分を責めていました。そして次郎は眠り続ける飯沼の手の中にあの石が握られているのを見つけます。

有沢先生は最悪の事態の想像に囚われ、病院の廊下でうずくまってしまいます。次郎は有沢先生の話に耳を傾け、その痛々しい姿を見るにつけ、守ってあげたい、自分が受け止められるのではないか、というようなうれしさを伴った思いを抱きます。しかし、同時に、こんなときに、劣情を抱き、死線をさまよっている友人のことを失念しかけている自分がいる、という内面に葛藤を感じます。加えてその場に居合わせた楠木の自分を見る目に嫉妬の感情を見つけ、楠木も有沢先生を好きでいることを直感します。

それから次郎は有沢先生から飯沼が薬を飲んだ理由を一緒に見つけてくれるよう、頼まれます。飯沼の話をし、有沢先生と一緒に飯沼の部屋で手がかりを探します。飯沼はあの石のことを日記に『時の石』と書いていました。次郎は有沢先生と一緒に行動しているうちにとても親しくなっていきます。そして有沢先生が飯沼の件で学校から責められ、退職も考えるほど深く悩んでいることを知ります。そうしたさなか、飯沼が一度も目覚めぬまま病院で亡くなります。有沢先生はずっと張り詰めていた心の糸が切れ、次郎は導かれるままに男女の一線を越えてしまいます。

次郎はその日以来、風邪で高熱を出し、飯沼の葬儀にも出席しないまま、日々が過ぎていきます。そうした中、楠木が次郎の家に突然訪れ、次郎は楠木に石に関することを相談し、二人は石の真相に近づいていきます。そして「石」の所在を確認するために、楠木とともに有沢先生のアパートに向かうとそこには・・・・・・。

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というようなお話です。結末はもちろんナイショです。

鍵となる『時の石』ですが、それは意識だけを「幸福だと感じた過去の記憶」に運び、それを現実として感じさせる装置で、それを持つ人の、「現在の心理的な充足度」に応じて働くようになっています。ですので飯沼のような現実に不満を持っている者には極めて効果的に働きますが、次郎のような、いまを生きているものにはうまく働きません。そして未来から来たと思われるその装置は、ほかに肉体の機能・恒常性を維持する装置とペアで稼働させなければ、飯沼のような結果を招くもの、と物語の中では推察されています。

まあ、でも『石』はこの物語のちょっとした装置であり、それよりも主人公の次郎が親友の楠木の家でこっそりとマンガを描かせてもらっていたり、有沢先生への本当に不器用で痛々しい恋があったりといった、思春期ならではの喜びや悩み・葛藤が上手に盛り込まれた読み応えのある内容で、むしろ作者はこちらを描きたかったのではないか、と思われます。そして洗練はされていませんが、強烈なイメージと感覚・感情に突き刺さるような表現で、読み手を物語の中に引き込み、ダイナミックに翻弄する手腕は、当時の「現代の語り部」という名に恥じないものであったように思います。とにかく一度読んで欲しい本です。いまはAmazonで文庫本(しかも中古)しか売っていないのが残念です。

当時の私は、ちょうど高校受験が終わった春休みに、解放されてほっとした気分で読みましたので、ことさら印象に残っていました。

そして高校に入ってから、みんなに読んで欲しくて、いろんな同級生に貸していたのですが、その一人がなくしてしまいました。その友人は野球部に入っていたのですが、バッグを部室に置いておき、何かの用事があって急いで部室に戻ってその本をバッグにしまったようなのですが、あの頃の野球部は、全員が同じ黒のアディダスのエナメルバッグでそろえていたので(あの現象はルーズソックスと同じ原理に基づいているのでしょうか)、おそらく別の人のバッグに入れてしまったのではないかと、いまでは思っています。

とても好きな本だったので、大学に入ってから、授業で使う教科書を古本屋に探しにいったとき、偶然見つけて買い直しました。

ある晩のこと

ところでこうして長々と『時の石』について書いたのには理由があります。

モルダバイトと一緒に寝ていたある日の晩、このタイトルが頭の中によみがえりました。最初にタイトルと前出の印象的な表紙が浮かび、それからページが開いていきました。あの頃は、自慢ではないですが、小説は読んだものを一度でかなりの部分暗記しました。ページを画像のようにとらえていたような気がします(まあ、それにしても、買い物にメモを持って出かけても、2、3個忘れてくる、いまのこの、ていたらくはなんなのでしょうか)。

そして、また、同じように活字で浮かんできました。記憶とは、一体どこにしまわれているのでしょうか、とても頭の中に入っているとは思えません――寝ている間にもう一度読み通していました。寝起きは疲れていて、とても7時間寝ていた、とは思えないような目覚めです。

起きてから、気になって、この本を探してみました。震災があって、次の地震のことも考え、蔵書は三分の一くらいを残して、すべてブックオフに引き取って貰いました。あの本を残したかどうか、憶えていなかったのですが、すぐに見つかりました。表紙は少し色が飛んでいます。開いてみると、今更ながら昔の本は単行本でも活字が小さいことに気づきました。そして老眼鏡を掛けないと読みにくいこともわかり、時の流れを感じました。

そして、なぜ、自分がいま、もう一度この小説を読まされたのか、に気づいたのはさらに次の日になってからでした。

必要性は恐れ

気づきは一瞬でした。

モルダバイトは大いに役に立ってくれました。異界とのコミュニケーションの窓を広げてくれたのはおそらくモルダバイトでしょうし、なにより、私自身が癒やされ、より純粋なエネルギーの媒介として機能するため、さらに自我を退けてくれたのもこの石です。それは間違いありません。しかし、それでもなお、ヒーラーはそれに頼ってはならない、ということでしょう。「執着は必要性に等しく、必要性は恐れに等しい」というのはエリック・パール氏の言葉ですが、ヒーリングをより効果的にするために、ほかになにか必要なものがある、と考えるのは「自分が完全ではないという恐れ」から来ている、ということを誰か(他の存在かもしれませんし、自分自身かもしれませんが)が私に伝えている、ということだ、とはっきりわかりました。

そしてもし、この「恐れ=必要性」を手放さず、意識も変えぬまま進んだ場合の行き着く先は、『繭(まゆ)』でしょう。『時の石』の表紙はまさしく『繭』そのものです。つぎはモルダバイトの効果をさらに強める、といわれる石を買うことを思いつくかも知れません。あるいはさらに強い力を持つといわれる別の石を求めるかも知れません。石はどんどん増えていくでしょう。そしてそのときの自分はこんな感じかも知れません――この石とこの石は喧嘩するので少し離して置かなければならない、この石とこの石は満月の日に月光浴をさせて……この子は塩水で洗ってあげなくちゃ・・・・・。そして一つ一つの石には名前が付いていることでしょう。

それは、石を握りしめて、親子で行った海水浴の思い出にひたりながら、ゆっくりと生きることをやめた飯沼の姿と重なります。石を愛(め)で、石とともに深い穴の中に落ちていくこと、石のハーレムで生きていくこと――これが意味することは、見た目の不気味さ以上に、自分自身のヒーラーとしての成長・霊性の向上をあきらめることでもあるように思われます。

試してみたいことはたくさんあります。それはやはり自分の新たな能力として、パワーストーンのさまざまな波動が感じられる、という事実があるのですから、これをなにかに活かせないか、と考えることは自然なことでしょう。

カービング(彫刻)されたモルダバイトはもっと強力だと聞くがその波動を確かめたい、ガネーシャの彫刻がいいのか、それともラクシュミーか、数珠のタイプはどうなのか、チェコのものではなくアフリカから産出されるというモルダバイトはどうだろう……。モルダバイトの特徴(龍紋、細長い気泡等)に頼ることなく、真贋の鑑定だって朝飯前でしょう。アジアのどこかの言語で書かれた証明書よりもよっぽど確かです。だれよりすごいパワーストーン鑑定士になれるような気もします。

でもその思いは封印します。知識や物を集めて「スピリチュアルな繭」になろうとするのは、そのことがその人のためになるかどうかとは一切関係なく、変化を嫌い、現状を維持しようとする、「スピリチュアル化したエゴ」の欲求だからです。

ヒーラーはいつも迷っています。
神のみが真のヒーラーであり、ヒーラーは導管・触媒だとしても、より良い導管であるためにはどうしたら良いのか。「エネルギーは完全だ」、というのであれば、ヒーラー自身の霊的な向上は、自身の関わるヒーリングに資することはないのか。「ヒーラーがクライアントが全体性を取り戻すための方程式の一部になる」というプロセスが「全て導きによるもの」だとするならば、ヒーラーのエゴによって、あるいはヒーラーが情報の非対称性(あるいはウソ)を利用することで、何度も盲目的にヒーリングを受けさせられている(たかられている)人々はなんなのか。また、そういう人たちのやっていること自体、ヒーリングなのか。結果としてめざましいヒーリングが起きるヒーラーに、組織の与える資格は必要なのか――。

しかし、ヒーラーを志したならば(聖なる契約としてあるならば)、多くの深刻な疑問や葛藤を抱えつつ、それでもなお、登り続けねばならない階段があります。これはそのステップの一つでしょう。そのためにはどれほど、物質から遠く離れて、この次元と私の知らない他の次元群にまたがって存在しているように思える「もの」であったとしても、生まれたときから自分の肉体の一部のように錯覚さえおぼえる「もの」であっても、「自分以外のもの」は、手放す必要がある――そのことを私に教えるために30数年の時を経て、『時の石』は蘇ったのでしょう。言い換えれば、このことをいまの私に教えるために高校生だった私はこの物語を夢中になって読んだ、ということでしょうか。

手放すこと

気づいてもなお、まだモルダバイトを手放せずにいる自分がいました。しかし、きっかけは自然にやってきました。

その頃、すでにモルダバイトをもって、私に力を貸してくれているエンティティーの名前※を自然と心の中で呼ぶことで、遍在するエンティティーのエネルギーを波のように感じることができるようになっていました。その感じは「感動したときの鳥肌」にも似ていますが、もっと体の内部を振動させるものです。「感動の鳥肌」は体の表面の感覚ですが、これは(表現が難しいのですが)、体が竹ひごの束だとして、それを下から押されて、それが密度的に5本に1本くらいの割合で上に飛び出してしまう感じ、とでもいいますか(すみません。こんな風にしか言い表せません)。そしてこれを感じているとき、クライアント様も何かを感じます。私が三回感じれば、クライアント様もその後の感想で「三回波が来た」といいます。私はこれを『エンティティーの波』と呼んでいます。
※このエンティティーの名前が気になる方もおられると思いますが、クライアント様のセッションでの体験を純粋なものとして、受け取ってもらえるよう(事前に知る先入観を無くすために)、ここで公にすることはできません。ご了承ください。

そして、洗わずに使っていた梵字(ぼんじ)の巾着が、かぐわしいニオイを放ち始めた頃のことです。お風呂に入ったとき、首からさげていたモルダバイトをお風呂場の脱衣カゴに忘れました。その日はいつものように、夜の遠隔リコネクティブヒーリングを始めのですが、自分がモルダバイトを付けていないことに気づいたのはセッションの半ばぐらいでした。一度、クライアント様と同化(エネルギー的に)しようとして、胸の辺りに右手を持って行ったときに、はっとしました。

しかし、動揺はしませんでした。風呂場に戻って取ってこようとも思いませんでした。そのときすでに、なんども「エンティティーの波」を自分の体の中に呼び込んでいたからです。もう、モルダバイトが無くても、大丈夫でした。

その翌日も、また次の日もモルダバイト無しでセッションを行いましたが、「波」は、その勢いが衰えることなく、やってきました。エンティティーの存在は手放しでも感じられるようになっていた、ということです。

以上が私とモルダバイトに係る顛末です。軽口のようなまとめで申し訳ありませんが、私にとってモルダバイトは文字通り、「ヒーラーの試金石」だった、ということでしょうか。そのモルダバイトはいま、部屋の整理棚の一つに収まってます。そしてときどき本当に疲れたときには癒やしてもらっています。

モルダバイトについては、情報として役立ちそうなこと、あるいは気づいたことも、もっとありますので、また機会を見つけてご紹介しようと思っています。

最後にどうでもいいこと

ウチの猫のクリプーさんはモルダバイトを見せると、食べようとします。
やめてください。



モルダバイト考 あるいは『時の石』  (了)